バッテリーのことならお任せサイト

メカニックなどはテスターなどを頻繁に使っていますが、テスターなどを一般的に使用することのない車のユーザーにとりましては、バッテリーの良し悪しを判断する基準というものは感覚的となってしまうことがあるでしょう。
決して絶対的な判断基準になりえませんがここで記載していることは補助的な知識として覚えておいてください。

 

エンジンの始動というのは短時間で大電流を必要とするため放電時の電圧降下が少ない必要があります。
バッテリーの性能を判断する絶対的判断基準の一つであるものがあります。
それが始動性能の感覚的判断バージョンと言う事で「エンジンの掛かりはクランキングスピード」のような判断としては正しい決断を下すことが可能となります。

 

ただし車種によりましては始動時のクランキングスピードがかなり違ってきていますので、他車との比較をすることが出来ません。
このことから自分の車の感覚を覚えておくということが、自分の車のバッテリー性能の判断基準とんることがわかります。



■工具情報:車のバッテリーの交換時期ブログ:06 4 21

自分が父母になった時は、
「父母バカ」にはならないでおこう!
なんて思っていたのだが…

最近になって、
「父母が父母バカにならなかったら、
誰がこの子のためにバカになってくれるのか」と感じてから、
おれは、堂々と父母バカ宣言しはじめている。

というのも、
他人から見れば「なんや、この父母バカ」というような、
父母の子供に対する見方が、
実は子供のアイデンティティに
大きく影響(それも好影響)しているのではないか…
と思える様になってきたからだ。

小さな子供がどんどん伸びる時、
それは褒められている時だ。

「教育の基本は褒める事」だと
確信しているおれとしては、
子供の事はどんどん誉める。

しかし、この褒めるという行為、
本気で「うぁ、すごい」と思っている時と、
「ほめておこうか」と義務的に言葉だけで言っている場合と、
子供はその違いにすぐに気がつく。

つまり、
父母が本気で子供に対して、
「すごい!」と思っていないと、
なかなか子供には伝わらない…

だからこそ、
この「父母バカ」が
とっても大切になってくるのだ。

子供の描く絵に
「この子は将来芸術家になるかもしれない」と思ったり、
音楽に対するノリが
「普通の子とはちょっと違う」と思ったり…

こういう気持ちは他人から見れば
プッと噴き出す感情かも知れないが、
おれはその感情を隠さない。

おれは自分の人生に関わりもなさそうな人に
「良識のある父母」なんて思ってもらわなくて結構…

他人の評価なんて、
自分の人生をプラスに変える場合以外は、
気にしなくて良いのだ。

それよりも、
目の前にいる子供が、
毎日を生き生きと、
自己表現する喜びを感じながら育って欲しい!と思う。